●ファイナル●

7月10日
朝11時前にホテル入り口で係りのおばちゃんと待ち合わせ。
おばちゃんの運転で指揮合わせの会場まで約15〜20分。
パーキングに車を置いて、地上に上がったときに見えたのはなんと、かの有名なオペラハウスとハーバーブリッジ!!!!
シドニーに到着してから約2週間、やーっとこの景色に出会えました!
予選はずっと町外れの会場で、ホテルもそこからすぐのところなので、
この景色がどこにあるのか、まぁ忙しくてそれを探そうとすることすらしなかったけれど、
やはりシドニーに来たからにはこれを見なくては。
もう感動でいっぱいでした。
でもゆっくり見てる時間は今はないので、後回しにしてまずは指揮合わせをしに。
アップライトの控え室で指ならしすること3分・・・
予定よりも早く私の番が回ってきた。
指揮者はドイツ人のChristoph Poppen氏。
すばらしいヴァイオリニストであり、指揮者でもある。最近は指揮活動の方に力を入れていて、
「昨日日本でコンサートをやってからここに来たんだよ!」なんてにこやかにおっしゃるやさしそうな方で、ホッとした。
昨日発表があっての今日だからまだあまり良く準備が出来てないけど、
一通り弾いて、曲に対する感覚をなんとなくわかってもらい、
また細かいところでちょっとした音楽的アドヴァイスもいただいたり、と、とても有意義な合わせでした。
オーケストラと合わせるのが楽しみだね!と、わりと気に入ってもらえた様子。よかった。。。

その後、練習をしたかったのだが、なんと今までの練習室はもうピアノを撤去しまうので使えない、と。
それぞれ自分が使用するピアノ会社の人に相談してください、と。
なんというコンクールでしょう・・・!
一番練習しなきゃいけないときなのに!!
私はカワイのピアノを選んでいたのでカワイのおじちゃんと相談し、
もう一人カワイで弾いているファイナリストのニュージーランド人・ジョンくんとも相談して
シドニー郊外にあるカワイのセンターに行って交代で練習するということになった。
車で30分はかかる場所。
でも2人で時間を分ければ良かったから、一人当たりの時間はわりと十分にもらえて、たっぷり練習はできた。

もうこの頃になると指先が痛くなってきていて、
練習するときは鍵盤があたる部分に絆創膏のクッションが来るように絆創膏を貼り、その状態で練習していた。
持ってきていたハスキルのCDを録音したMDを聴いたり、自分の演奏を録音して聞く作業を何度もしてみたりして理想に近づけていった。
でも明日はプロコの指揮合わせ。
なんとか最後まで弾けるようにしておかなくては。

7月11日
指揮合わせは午後だったから、午前中練習しに郊外まで行く。
必死でプロコをさらって、なんとか終楽章もつっかえずに弾けるかな〜????ぐらいまでにはなった。
指揮合わせをしに、シドニーの町外れの予選が行われていた会場へ向かう。
こちらの指揮者はJanos Furstというハンガリー人のおじさま。
パリのコンセルヴァトワールで教鞭を取っていたらしく、フランス語でお話ができた。
経験豊富な方なので、恐れまくっていたが、厳しそうだけど心は温かそうな人だった。
「毎日のように予選があって、コンチェルトの練習がまだほとんど出来てなくて・・・ごめんなさい」
ととりあえず言い訳と、すでに謝罪をしておいてから1楽章開始。
まだなんとなくしか弾けていない。楽譜を追ってテンポどおりに弾いているというだけ。
これじゃダメじゃんーと思いながら、気づくと3楽章の終わりまでいってしまった。
恐る恐る指揮者の顔色をうかがうが、あまりいい表情ではない。。。
ああ・・・第一印象が大切なのにぃ・・・。
もうひたすら「ゴメンナサイ」と「これから必死で練習して本番には絶対に何とかします!」を繰り返してその場を去った。
指揮者のおじちゃんも、まぁまったく弾けないわけでなく、時間がないからこうなんだ、ということはわかってくれていたみたいで、
第2のチャンスをあげよう、という感じだった。
・・・次回は絶対完璧にしておかなくては・・・と心に強く思いながら、
でも合わせがあまりうまくいかなかったことにショックを受けつつ会場をあとにする。
悪いことがあったときは悪いことが重なるものだ。
会場の裏はちょっと人通りの少ない細めの道になっているのだが、
タクシーのいる大きな通りに向かってその道を歩いていると、遠くの方に女性の2人組が見えた。
キスをしているように見えた。同性愛者かなーと思いながら、その2人組とすれ違おうとした瞬間、
2人組のうちの一人が「1ドルもらえませんか〜?」みたいなことを聞いてきた。
やばいと思ったときにはもう一人の人が私の、貴重品を入れて斜めがけにしてあるポシェットを力づくで奪おうとしていた。

たぶん精神的にちょっと異常がある人っぽくて、顔が普通じゃなかった。
ドラキュラみたいに犬歯が目立つ歯並びをして、目も、狼の目を見てるみたいだった。
すごく怖かったけど、そのポシェットにはコンクールからもらったばかりの生活費が結構入っていたので、絶対に渡すわけにはいかねぇ〜と
私も必死になってポシェットを守りながら大声で叫んだ。
ケチケチ精神がこんなところで力を発揮するとは。
するともう一人の、最初に声をかけてきたほう(こちらはまだ普通の人っぽい)がなぜかわからないが、そのポシェットを奪おうとしている狼女をなだめ始めた。
やめなさい、やめなさい、みたいな。
なんやねん、この2人組、と半泣きになりながら、ポシェットから相手の手が離れたすきに全速力で逃げた。
今まで治安があまり良くないといわれるパリで暮らしながらも、一度も、スリにすらあったことがなかったのに
こんな平和そうなシドニーの町でこんな目に遭うとは・・・。
すんごーーーーーーーーーーーーーーーく怖かった。
慌ててタクシーに乗り込み、郊外のカワイへ向かったが
車に乗っても心臓はバクバクしっぱなし。
もーシドニーなんて嫌いだーと思いながら、カワイに到着した途端、おじちゃんにすべてを話し、なだめてもらうとやっと少し落ち着いてきた。
プロコはへたくそだしひったくり未遂には遭うし、散々な日だ。。。
まぁ、こんな日もあるさと気を取り直して2曲のコンチェルトの練習をする。
明日は朝にモーツァルトのオケ合わせがある。たのしみ。

(写真)カンガルーを試食中

7月12日
オーケストラはAOC "Australian Chamber Orchestra"。
メンバーの中に日本人のヴァイオリニストの方がいて、声をかけてくださった。
楽しくやれそうだ。
モーツァルトのコンチェルトはオケの人数が少ないから、大編成の室内楽みたいな感覚で楽しい。
この、全員でひとつの音楽を作る作業が私はすごく好きだ。
これも録音をしてあとで聞いて、なってないところを午後の練習で研究した。
翌日はもうモーツァルトの本番だから、今日はプロコの練習は少なめにして、モーツァルトにかけた。

7月13日
朝早起きして練習しに行く。
2時間ほどさらって、練習場をあとにし、ゲネプロのためオペラハウスに向かう。
初めて足を踏み入れるオペラハウス!
スタッフ専用の入り口からパスをもらって進入し、迷路のような舞台裏を通ってまずは客席に連れて行ってもらった。
すごく広い!!サントリーホールのように、舞台の向こう側にも席がある。
こんなところで弾けるんだ〜と思うと感動的。
オケの休憩のあと、お昼ごろからゲネプロ。
音がどの程度聞こえるのか不安だったが、まあまあちゃんと聞こえたみたい。
1度通して数箇所だけやり直して終了。
オケの音も良く聞こえるし、弾きやすい舞台だった。
ただとにかく会場が広いから、すべての音をきちんと発音させないと何を弾いているのかわからなくなってしまいそう。

この日はもうプロコのことを考えるのは避けて、モーツァルトだけに集中した。
ゲネプロが終わったあと、控え室で練習ができるというのでちょっとさらったけどすぐ疲れてしまったのでホテルに戻ってお昼寝。
夕方6時半に集合となっていたので、衣装など忘れ物の無いように確認してから、毎回なぜかとても重くなってしまうかばんを持ってホテルのロビーへ。
ファイナルは2日ずつ取ってあって、私はいずれも1日目の一番最後の出番だった。
弾くのは夜9時過ぎごろ、と言われていたけど、色々な面倒な都合上、他のメンバーと同時に会場入りしなくてはいけなかった。
控え室に入って練習、時間に余裕をもって衣装に着替える。
控え室のスピーカーから2人目の子が終わる拍手が聞こえると、おばちゃんが呼びに来てくれて舞台裏へ。
一人終わるごとにちょっと休憩が入るようだ。
休憩終了の合図があると、まずオーケストラの人たちが舞台に出て行く。
舞台裏で待っている私の前を通り過ぎていく彼らを見ているとちょっと緊張してきた。。
いかんいかん、と深呼吸をし、指揮のPoppenさんと共に舞台に出る。
このモーツァルト、何よりも暗譜が怖かった。
トリルが終わってオーケストラに行くかと思ったらまだピアノが続いている(私的な印象)、っていう箇所が何箇所があるのだが、
それを間違えてしまわないか、というのがまず怖かったし、
2楽章も3楽章も、とにかくそういう要注意箇所が結構あるのだ。
とにかく集中力!と思って、最後まで頭を超回転させてなんとか乗り切った。
途中、木管とのやりとりがあったり、オーケストラパートを聴いていい曲だな〜と思ったり、演奏を楽しむこともできた。
大きな事故もなく、お客様の反応も温かく、満足いく演奏ができた。
あとはプロコを残すのみ。この調子で頑張ろう。

7月14日
この日はプロコのオケ初合わせ。
お昼過ぎからだったので、午前中練習・・・したいけれど、あの郊外まで行くのはちょっと遠いなーと思って相談したところ
もう少し近いところに音楽学校があるからそこでさらわせてもらえるように交渉してくれた。
といっても結局時間的にはあまり変わらないぐらい、距離のある場所だったんだけど・・・まぁ多少は近いかな。
そこで数時間練習し、時間を見計らって切り上げ、タクシーで合わせ会場に向かう。
この日はシドニー市内の、ホテルからわりと近いところにある放送局の広い部屋。
言われた時間通り到着すると、まだ前の子が終わっていない、とのこと。
紅茶をすすりながら控え室で練習をしながら待つ。
1時間近く遅れて私の番になった。
プロコの方のオケはSydney Symphony Orchestra。
チェロセクションには、セミファイナルで一緒にトリオを演奏したティムがいて、知ってる顔がいることにホッとした。
もうこのあいだの指揮合わせのときとは別人と思えるぐらい弾けるようになっていた。
すんごい頑張って練習したから。。。
出だしのオーケストラを聴いた瞬間に鳥肌が立った。
すごく美しい!プロコフィエフって天才ーと思いながら、合わせを楽しんだ。
2楽章のヴァリエーションが切り替わるところの入りがなかなかオーケストラと合わなくてそこを何度もやってもらったぐらいで、他には特に大きな問題はなく、
あとは自分のテクニック的に心配な場所を再度練習すれば良い感じだった。
指揮者のフュルスト氏も今回は笑顔で、オーケストラの方々もとても感じよく、温かい雰囲気の中で合わせを終えることができた。
私がこの日最後のピアニストだったので、終わったあとその会場で気の済むまでさらわせてもらえた。
夜はファイナルの2日目があったので、あんまり練習しすぎても疲れてしまうし、指の痛みが悪化してしまってもいけないから
パッと切り上げてオペラハウスに聴きに行った。
ロシア人2人とニュージーランドのジョン。
会場からステージを見て、私もあそこで弾いたんだーと思うとなんとも言えない気持ちが押し寄せてくる。
3人ともそれぞれすばらしいモーツァルトだったけど、私は特にジョンのモーツァルトが好きだった。
音色がとても明るくて、はきはき、生き生きとした演奏だった。彼はKv.453 G-durのコンチェルトを選んでいたのだが、彼にとても合っていたと思う。

7月15日
今日は何もない日。
しかしもう明日プロコの本番なので最終的な追い込みをしなくてはいけない。
なんと明日の最終ステージを母が聴きに来てくれることになった!
オーストラリアなんてそうそう訪れる機会はないのだから、こういうときに行ってしまおう!と思い切って急に決めて、お仕事もなんとかしてくれたそうだ。
明日の朝早くシドニーに着く便で来るという。
明日の夜からの分、母の部屋を同じホテルに予約してから練習に出かけた。
今日はジョンがもうひとつのコンチェルトのオケ合わせなので、それが終わるまで、夕方まで練習。
と思っていたら昨日の私と同じように彼も合わせ会場で練習できることになった、という。
なので気が済むまで練習。
アルゲリッチを目指していたけど、、、まったく同じようには弾けないがだいぶ近づいてはきた。(笑)
どうしても弾くのが大変な箇所の楽に弾ける方法も見つけた。
だいぶ手になじんできたので、もうOK!と割り切って、夜はちょっと離れたところに夕飯に連れて行ってもらい、
フェリーに乗っていつものシドニー湾岸まで帰った。
寒かったけど、夜景がとーてもきれいだった。

7月16日
朝、予想していた時間ほぼぴったりに母から部屋に電話が。
ホテルに着いて、今ロビーにいると言う。
私の母は初めて来るシドニーにも、空港まで迎えに行こうかというこちらの心配そっちのけで、一人で悠々とホテルまで来られてしまう、なんとも頼もしいお方なのだ。
チェックインは午後からしかできないため、まず荷物を私の部屋に置き、2人で朝食を食べに私のお気に入りカフェへ。
すっかり仲良くなった店の人に「ママが来てくれたのか!良かったねぇ!」などと声をかけてもらって、
いつもの朝食セットとカフェラッテを2つずつ頼む。
母も、私のこれまでのエネルギーのもとを美味しそうに食べていた。
それからタクシーに乗って2人でオペラハウスへ。
プロコのゲネプロだ。
母には客席で聞いててもらって、私は舞台上へ。
ちょっとずれそうになったところもあったけどまあまあ好感触でゲネプロを終える。
母も満足そうに聴いていてくれた。
モーツァルトのときと同じように控え室で練習を少しして、ホテルへ戻る。
もう母も自分の部屋のチェックインができたので、それぞれの部屋で休憩。
夕方起きて支度をし、早めに会場入り。
裏に、軽くご飯を食べられるところがあるので、そこで母と軽い夕食を取る。
1人目の演奏が始まるのに合わせて、一緒にご飯を食べていた母とカワイのおじちゃんたちが客席に行ってしまう。。。
急に一人ぼっちになるので心細いが、いつまでも一緒にいてもらうわけにもいかないので「あとでね」と言って別れる。
一人目が始まるのをモニターで確認してから、指慣らしをしに控え室に向かう。
一人目が終わったあとの休憩時間に、スタインウェイのおじさんが私を訪ねてきてくれて、
「ほんとはどのコンクールに行っても違う会社のピアノを使う人とはライバル同士みたいになってしまうんだけど、
 このコンクールではみんなが和気藹々と仲良くやっているからね。」と言って、
「ライバル」である私にお守りをくれた。
涙が出そうなほど感動した。
いつもグリーンルームに行くとたいてい彼がいて二言三言交わすのだが、
そのおじちゃん(ドイツ人)の英語は早口で、ただでさえわからない英語がますますわからなくて、
きっといつも意味不明な受け答えをしていただろうと思われる。
でもとてもやさしくいつも声をかけてくれているいいおじちゃんだった。
もーここにいる人々は本当に心の温かい人ばかりで、それだけで私はとても幸せだった。
お守りを大事にかばんにしまい、二人目が弾き始めたのを聴いてから着替えた。
本番前は毎回緊張する。
きっとこれは一生どうにもならないのだろう。。。
これだけしょっちゅう本番を踏んでいる今回のコンクールでさえ、
今日はまた新たに緊張している。
緊張することはどうにもできないが、きっと回を重ねるごとにその対処の仕方やコツなどを覚えていくのだろう。。。
2人目の演奏が終わったあとの拍手が聞こえると、おばちゃんが呼びに来た。
カメラも一緒。
舞台裏に行くまでずっとくっついてきた。
けど、もう最初のときほどカメラも気にならなくなった。
また緊張する私の前を「Good luck!」「beautiful dress!」などと声をかけてくれながら通り過ぎていくオーケストラのメンバーたち。

これを見ているのが特に緊張する。
身体が硬くなるのを防ぐために腕を動かしながら出て行く時を待った。
ステージに上がると、満員のお客さんと、大勢のオーケストラメンバー、舞台の後ろ側の席には上下左右に移動可能なカメラ。
まるでスターになったようないい気分でおじぎをし、座る。
2本のクラリネットから始まり、弦が入ったときの美しさ。
その感動に乗るようにして1楽章はかなりうまくいった。
指揮者のおじちゃんもウィンクをしてくれて、3つの楽章の中では一番苦手意識のある2楽章。
オケと合わせるのが大変だった箇所も、練習のかいあって成功。
でも最後の方、ピアノの音がよく聞こえるところで変なミスをちらっとしたりして、
それを引きずった3楽章の出だしもまた変なミスをちらっと。。。
でも曲が進むにつれて再び調子も上がってきて、
今まで暗譜が難しくて左手が一度も完璧に弾けなかった場所も初めてちゃんと弾けたし、
最後はもう腕がちぎれそうなほど思いっきり鳴らしたし、
もう最後だーと思って弾ききった。
会場にはブラボーの声があふれ、何度もカーテンコールをし、
この曲を大勢のオーケストラと演奏できた喜びと、数日間で死ぬほどさらって思い切り弾ききった喜びと、やっと長いコンクールが終わったことの喜びで
私は嬉しくて嬉しくてしかたなかった。

裏に帰って着替えているとお母さんが来てくれて、とても喜んでくれていた。
なんといってもそれが一番嬉しい。
インターネットではなく、生で聴いてもらえて良かった。
二人で、インターネットで聴いていた日本の父に電話し、
その後カワイの色々お世話をしてくれたおじちゃんと、この長いコンクール期間1人でピアノの調整を担当してくれていた調律師さんと母とで飲んで食べた。
本番後のビールとご飯は本当に美味しい!
タクシーに乗ってホテルに帰り、爆睡。

7月17日
今日はロマンティックコンチェルトの2日目&ガラコンサート。
思いっきり遊びたかったけど、ファイナルを聴こうと思ったら時間も中途半端だし、ガラで弾かなければいけないし、
ちょっと会場裏の控え室で練習してから、オペラハウスの周りを散歩することにした。
海沿いに大きな公園が広がっており、歩くのにとても気分が良い。
母と色んな話をしながらぶーらぶーら歩く。
目的地までたどり着くと、記念写真を撮って、同じ道を引き返す。
会場の近くで軽くご飯を食べ、2日目、残りの3人の演奏を聴きに会場へ。
会場に行くと何人ものお客さんが「あなた昨日弾いた子でしょ?!とても素敵だったわよ!!」と声をかけてくれて嬉しかった。
満席だし指定席だったから母とは離れて一人で後ろの方で聴いていたけど、3人3様で面白かった。
3人の演奏が終わると舞台裏に行ってドレスに着替え、
結果発表の時間を待った。
舞台には椅子がたくさん並べられている。
審査員の先生が先に舞台へ行き、

その後私たちが全員一斉にステージにあがった。
審査委員長その他のお話を長々聞いている間、
隣に座っているロシア人の最年少17歳がひっきりなしに話しかけてくる・・・。
この子はほんとに子供っぽい子で、いつも一人で何かしら遊びを考えていたけど、
モーツァルトのコンチェルトでは個性的な解釈の演奏にハッとさせられた部分もある。不思議な子だ。
6位から順に呼ばれていって、私は第4位をいただいた。
優勝を確信していたであろうロシアのレム・ウラシンは第2位で呼ばれて憮然としていた。
1位はニュージーランドのジョン。
確かに彼はコンチェルト2曲をとてもよく弾いた。(ロマンティックはラフマニノフ3番)
レムがちょっとかわいそうだったけど、まぁ、ジョンが1位というのもおかしいことではなかった。

引き続きガラコンサートが行われ、私はドビュッシーのプレリュードを3曲弾いた。
全員が弾き終わると、審査員の泊まっている高級ホテルの広間でレセプション。
いろんな先生の意見をうかがったり、今までお世話になった方々と記念撮影をしたり、楽しい時間を過ごして、この長いコンクールは終わった。
すーーーーーーーーーごくキツかったけれど、新しい友達もたくさんできたし、とてもいい経験だったと思う。
これを生かしてまた頑張ります。

7月18日
帰る日にちを一日のばして、今日は母とシドニー観光をする予定だったが、
なんということか、コンクールの間はあんなに良い天気続きだったのに、今日になって急に気温がぐっと下がり、
外はひどい雨と風!
私はここに来る前からコアラとカンガルーには絶対に会いたい!と思っていたのに
この天気じゃ動物園に行っても・・・というより外に出ること自体、つらい。
かろうじて現地に住んでいる人の評価の高い飲茶屋さんにお昼を食べに行き、
そのまま水族館に行って海底トンネルをくぐってサメを下から見たり、ペンギンに釘付けになったり、ニモを見たり(?)した後、一時ホテルに戻る。
その後元気な母はお土産を買いに近所のスーパーに、疲労全開の私は部屋で寝ていた。
夜、せっかくだから、ということで、展望レストランでディナー。
その頃にはもう雨も上がっていて、景色もなかなかきれいに見えた。
昨日までいたオペラハウスも見えて感慨深くなったりして。
ビュッフェ形式で好きなものを好きなだけ取って食べて、幸せいっぱいになって帰った。
カンガルーは中華料理屋さんで食べたし、コアラは多摩動物園で見られるからいいか、とわけのわからない理由で自分を説得して、翌日朝早い便で日本に帰った。
またね、シドニー。

(完)